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米田知子展-終わりは始まり

見えないものを見るというキーワードで語られる、米田知子展最終日@原美術館。

美しい情景の写真と戦場や歴史的場所のタイトルがセットになったSceneシリーズ。
芸術家や思想家の眼鏡越しに著作を映したBetween Visible and Invisibleシリーズ。

これらから浮かび上がるのは、情景と歴史、著作と本人の間の見えないものだけではなく、
恐らく、徹底したリサーチに裏打ちされたジャーナリズムと、写真表現の間の米田知子の真摯な歴史に対する姿勢だろう。

珍しく悩みながら見た。米田知子の歴史に対する姿勢は伺える様な気がするが、
米田知子は見る人に何を感じてもらいたいと思っているのか、暫くよくわからない、わからない、とうなりながらまわる。
最後に終わりは始まりというタイトルに少し救われた。

原美術館に改修後初めて行った。
照明が光ファイバーに。照明家豊久氏の作品なのだそうだ。
居心地よい原美の展示室に光の柔らかさがぴたり。
カフェ前の廊下の展示は、以前は反射して見難かったが、改善されている様に感じたのは
照明の効果なのだろうか。
光ファイバーを連続したスポットの様に使っているのは初めて見た。
多様な展示+改修の原美ならではなのだろう。

隙間庭

計画中の小規模集合住宅の敷地は世田谷区の住宅街にある。
南側は道路を挟んで緑豊かな寺に面する。
東側は3F+@の戸建て住宅、北側は3Fの集合住宅である。
西側は計画敷地を分割後、集合住宅が建てられる予定がある。

初めて訪れたとき、敷地はまだ更地にはなっておらず、既存の住宅が残されていた。
野放しになって鬱そうと緑が茂る。
南側道路に面した門を潜り敷地東側を貫く庭に入る。
庭を北側に進んでいくと

隣の敷地にでた。

驚いた。塀がない。
塀なんて設けずに、北側隣の集合住宅も、
計画地の庭を楽しんでいるわけだ。
こいつはすごい。

敷地境界線には塀が建てられる事が多いが、建物は敷地境界線から500mm以上離さなければならない、という民法のために、塀と外壁の間に意味のない細い隙間が残されることが多い。
それが都市全体で言ったら多大なロスになっている。
けれどもここは、だったら壁なんてつくらなければいいじゃない、と言わんばかりだ。
そのうえ庭も視覚的に共有することが出来ている。

近くの高めの建物にのぼらせてもらう。
屋上から眺めると、やはりこのあたりでは、
道路と反対側の建物と建物の隙間にはかならずしも塀がない。
そうした隙間には植裁などが植えられていて、それがとぎれとぎれではあるが、帯のように繋がっている。
道路・建物・みどり・建物・道路のサンドイッチだ。
お寺のみどりがあるからよいのか、道路側にはそれほどみどりを設けていない。

ぜひともこの隙間庭というべきサンドイッチに参加したいものだ。

小規模集合住宅

東京都世田谷区に集合住宅を計画している。
敷地は住宅街で150m2ほど。
個人住宅をの敷地を、相続により半分に分割し、単身者向け賃貸集合住宅を計画する。
なので、集合住宅といってもかなり小さくて、住宅とさほど変わらない規模である。

都内の住宅街では、このような相続による敷地の細分化や、集合住宅の建設よる景観の破壊・マナーの悪い単身生活者の急増が問題視されている。
お屋敷が取り壊されて、アパートや建て売り住宅が建設されれば、近隣に住む人たちの反応は大抵こうだろう。「あーあのオヤシキもアパートになっちゃって。」
国交省の住生活基本計画や各自治体のワンルームマンション規制法など規制する条例もできた。

けれども、私は住宅から集合住宅に建て替えられること自体が、それほど悪いことだとは捉えない。
高密化すること自体が問題なのではなく、小規模集合住宅とそこに住むひとの振る舞いが描かれようとしないことが問題だ。

小規模集合住宅はどのような振る舞いで住宅地に参加していくことができるのか、この計画を通じて考えていくことができるのではないかと思っている。



建築設計事務所

都内に設計事務所を設立しました。
今年の始めころ、働いていた事務所で
「20代建築家って誰かいる?」と聞かれて、
大西+百田さんくらいしか思い浮かばないですね、
と答えていたのに、まさに当事者に。

ブログ名も立花美緒設計事務所と事務所名にしました。
しばらくはHPをブログで代用します。
よろしくお願いします。

建築マップ代々木上原

大学の友達が遊びに来てくれた。
つばらつばらを越える代々木上原一の手みやげでした。

その名も
建築マップ代々木上原!

作成者は奥山さんと塚本さん。
マップと解説付き。
本人たちも忘れているんじゃなかろうか、と思われるけど、
代々木上原住人として、大切にさせて頂きます。

事務所のまわりは高級住宅街。
建築家の設計した住宅がたくさんある。
吉阪隆正設計のヴィラ・クウクウなど21個をうろうろと巡る。
日も暮れてきたので、篠原一男だけは行っておこうということで、
上原通りの住宅へ。

あまりの存在感に圧倒される。

そのとき三角の窓から女の子の顔が覗いた。
あーみてるよー。と指をさされた。
ごめんなさい。
けど、そのことで意外と中外の距離が近いことに気付く。

中から住んでいる方が出ていらっしゃった。
すみませんと謝ると、引越を手伝った人が友達のなかにいたこともあり、
なんと中まで案内して下さった。

構造の力強さと同時に、意外な感覚がした。
外と近い。また、心地よい。

篠原一男といえば、構造と幾何学による、厳格な内部空間という意識が強かった。
外に対して閉じ、内部に収斂していく設計者と思いこんでいた。

三角の窓は前の通りと心地よい距離を結び、
通りと逆側では、斜めのガラスがトップライトからの空を映す。

帰り際ドアを開けると、同じ階段の上にかけられた斜めのガラスから、家と、斜め柱と三角窓越しの外が同時に抜けた。
驚いていると、
そうそう、そこね、見送ってると中で子供が手を振ってたりするのよ。
と住んでいらっしゃる方がおっしゃった。

事務所に帰って、作品集をひらき、篠原一男の言葉を読むも、
まだ、この内外の関係をどう捉えたらよいのか、混乱している。

住宅を開くという言葉はいつから多くなったのだろう。
篠原一男の弟子世代から始まり、孫世代にはかなり多いだろう。
それを象徴・抽象・非開放的空間という篠原一男の言説の
対照として無意識のうちに捉えていたように思う。浅はかだった。

友達は曾孫弟子、私は孫弟子だ。
孫-曾孫弟子世代である私たちは、住宅に何を提案していくのだろう。

床もテーブルも磨かれ、住んでいる方に愛されている住宅だった。
とても貴重な体験をさせて頂きました。ありがとうございました。


洋書

円高に乗っかってPeterLatz全集とMecanoo全集を購入した。

Peter Latzはドイツのランドスケープアーキテクト。
数年前にランドスケーププランニングのインターンをしたのは、Latzの居る大学。
炭坑を改修した公園Duisburg Nord Landschaftparkが有名。
ガスタンクでダイビングしているんだよ!と塚本さんが言っていたので、アミューズメント施設のような公園かと思って行くと、主には地元の人たちが通う公園だった。
廃れた炭坑地域をよみがえらせたのが、建築や大規模商業施設ではなくて、植物だということに感銘を受けた。
ドイツ北部では、Red Dot Design MuseumMuseum Insel Hombroichとともに面白い場所。

MecanooのDelft工科大学図書館は数々の丘建築の頂点に立っていると思う。
浮いてる丘スラブの表現ではなく、あくまで建築として、全体が構築され細部がデザインされている。
通りに対しては建築、大学や隣の建築に対しては広場という構え。
丘以外の壁面は傾いたガラス。
この緑が映り込んだ上向き斜めガラス壁面や、光が映り込まないので中の人たちがよく見える、下向き斜めガラス壁面を見てからというもの、ガラスは透明じゃないと思っている。
規模が大きいこともあり、ケラバや入口の処理も他の丘建築とは大分異なる。

共に図面は少ないけれども、今までの彼らの作品集のなかでは、最も内容が豊富と思われる。
プロフィール

立花美緒

立花美緒
2006 東京工業大学大学院修了
2006 山本理顕設計工場
2008 立花美緒設計事務所

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